« 「前夜(桃花鳥)」 | トップページ | ニフティーサーブ加入編 »

2022年3月31日 (木)

「これから」の時間

誰にとっても同じように流れゆくものが時間
そう考えるのが普通かもしれない
どの瞬間を切り取っても1時間は誰にでも1時間だ

とは言え、時間への感じ方は人それぞれ
100人いたら100通りの感じ方があると思う

例えば年齢

60歳を迎えた人にとって1年間というのは、その人にとっては人生の60分の1の長さだ
その後、61分の1、62分の1とさらに短くなっていく
若い時と比べると同じ1年間でも感じ方が変わってくるのだ
今後の3年間とか5年間とかおそらくあっという間だろう

この人のお孫さんが5歳だとすると、1年間は人生の5分の1
本人はそんなことすら考えていないだろうが、
おじいちゃんの12倍の時間を手にしていることになる

10歳になるまでに今までの人生の2倍の時間、
20歳になるまでには4倍の時間、60歳だと12倍の時間を要するのだ

途方もない時間を「これから」迎える人にとってはとっても長いと感じるだろう
私自身のことを思い浮かべると、年齢という足し算を続けていくと
大人になっていくということはわかっていたかもしれないが、
どんなふうに時間を感じるのかはピンときていなかった

時間と言われても今まで過ごしてきた時間と、直後の時間くらいしか感じていなかったんだろうと思う
学校へ行く時間、ご飯の時間、遊ぶ時間、お風呂に入る時間、テレビを見る時間、寝る時間、…

どの時点から大人とするかは置いておいて、
大人になるにつれて時間の感じ方というか捉え方が緩慢になってくるようだ
冷めた見方をするようになっているのかもしれない

あるいはワクワク、ドキドキを感じなくなっているのか

私にとって、子どもの時のように時間を感じないでいられるのはウルトラマラソンの大会当日だろうか
朝5時スタートでほぼ1日走っていてよいのだ

体調さえ問題なければ至福の1日だ
「これから」迎える時間を単純に楽しめるぜいたくなひととき

途中にある関門の制限「時間」を除けば、の話だが…

« 「前夜(桃花鳥)」 | トップページ | ニフティーサーブ加入編 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「前夜(桃花鳥)」 | トップページ | ニフティーサーブ加入編 »