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2021年6月

2021年6月30日 (水)

「(笑)」と「 笑」

初めて電子メールを使ったのが1991年。

当時はインターネットではなくパソコン通信の世界。Nifty Serve や PC-VAN などの閉じた中でのメールのやり取りのみ。パソコン通信を使っている友人・知人はいたものの、むしろパソコン通信を通して知り合いを作っていたような感じだった。

私が使っていたのはPC-9801シリーズのノートパソコン、98でしか表示されない機種依存文字というのがあり、メールのやり取りの際は機種依存文字を使わないというのがルールというかマナーだった。その影響かはわからないが記号を使った絵文字がよく使われていた。
(^^)/
(^^;
(>_<)
(;-;)
などなど。うーん、機種依存文字とは関係ないかな (^^;

一方、感情を伝えるために文末に(笑)、(爆)、(冗)なども多用するようになっていた。
相手によっては絵文字は失礼かもしれないが、(笑)だったら許されるかな、という感覚だったと思う。

そんなこんなでメールでは「文末に(笑)」という習慣が身についてしまっていたため、SNSを使い始めた際も何のためらいもなく「文末に(笑)」を使っていた。メル友がそのままSNSに移行するケースが大半だったので、至極当然な流れだったように思う。メル友は同世代が多かったので特に考えることもなかった。

SNSの利用が増えるにしたがって個人のメールはほぼ無くなっていった。SNSで事足りるという状況だ。

メールと違って、友だちの友だち、あるいは職場の繋がりもあって同世代以外の「友だち」が増えた。メールアドレスだと連絡先の交換となるが、SNS上の友だちだと緩くつながっているだけということもあり、メールよりも気軽だ。相手もそう思っているに違いない。

そんなある日、若手の「友だち」とのやり取りで違和感を覚えたのである。
「●●ですね 笑」とか「そうなんですか笑」という表記。

え、括弧を付け忘れているの?それともわざとやっている?

「文末に(笑)」をする際は、"笑"という感じの前後に括弧を付けるのが当たり前と思い込んでいる世代の人間としてはしばらく悶々とした日々を過ごすことになるが、意を決して聞いたみた。「文末の笑って括弧を付けないの?」

「あ、全然」
「つけないですね~」
「最近は空白も入れなくなりました」

インターネットが登場する前から電子メールを使っていたという自負は…何の意味も持たないことを自覚した瞬間(>_<)

それ以来、相手に応じて「(笑)」と「 笑」を使い分けている自分がいる笑。

2021年6月28日 (月)

東京オリンピックと「空の境地」

宮本武蔵の兵法書『五輪書』を初めて認識したのが、2013年発行の河合達憲著『株の五輪書』を読んでからだ。

ポッドキャストで河合達憲氏の話を聞いていて、この人の本なら読んでみようと思ったのがことの発端。そもそもの『五輪書』は地の巻、水の巻、火の巻、風の巻、空の巻の5巻から成るそうだが、『株の五輪書』は1巻のみ。章立てが5つあり、投資の指南書として5つの指針が記されていたが、結局、一度読んだだけで役に立てることは無かった。

五輪とはこの地、水、火、風、空を指すそうだが、五大とも言うらしい。

あの松本人志氏も『五輪書』をなぞらえていた時期があったそうだ。

五輪の最初の4つ「地、水、火、風」として①漫才、②コント、③大喜利、④トークで一番になると決めていたと話していた。その番組は2021年5月2日(日)放送のフジテレビ系『ボクらの時代』というトーク番組。さだまさし氏、泉谷しげる氏との鼎談の中で「松本人志が嫉妬する芸人」という話題で語られたものだ。

つづけて、「『五輪書』最後の空が調和なんですよね。お笑いで一生懸命やっていても、みんなが面白ければいいじゃないっていう、この場が楽しければいい」とコメントしていた。すなわち「空の境地」に達しているそうだ。話ぶりからして自身で『五輪書』を読んだのかは怪しいと思ったが、『五輪書』を知っているというだけで私にはインパクトがあった次第。

まもなく開催される予定の東京オリンピック。オリンピックを五輪として表記したのは新聞として文字数が削減できるため好都合だったが、そもそもの発想はやはり『五輪書』だったそうだ。

さて、東京五輪は「空の境地」に達するのだろうか。

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